マティスが好きな大学生の日常

ふつうの大学生のふつうの日常です。

多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』

 ヴァルター・ベンヤミン略年譜 ( 著書からの引用 )。

 1892年
 ベルリンの富裕なユダヤ人美術商の家に生まれる。

 1912年~
 フライブルク大学、ベルリン大学などに学ぶ。

 1919年
 ベルン大学で「ドイツ・ロマン主義における芸術批評の概念」で博士号取得。

 1925年
 フランクフルト大学に教授資格論文「ドイツ哀悼劇 ( 悲劇 ) の根源」を提出するが、拒否される。

 1933年
ナチス政権成立とともにパリへ亡命。フランクフルト社会研究所の共同研究員となる。

 1940年
 ドイツ軍のパリ侵攻のため、パリを脱出してルルドに逃れる。マルセイユに出てアメリカに渡ろうとするが、出国ビザが取れず失敗。このためピレネー越えを決行し、スペインの国境の町ボル・ボウに入るが、スペイン警察による強制送還の脅しにあい服毒。翌九月二十七日朝、息を引き取る。

 著作に、『一方通交路』『ドイツ哀悼劇 ( 悲劇 ) の根源』「ベルリンの幼年時代」「歴史哲学テーゼ」『パサージュ論』など多数。ボードレールプルーストの翻訳にも携わる。


「複製技術時代の芸術作品」。メモ。

「最高の完成度をもつ複製の場合でも、そこには<ひとつ>だけ抜け落ちているものがある。芸術作品は、それが存在する場所に、一回限り存在するものなのだけれども、この特性、いま、ここに在るという特性が、複製には欠けているのだ。しかも芸術作品は、この一回限りの存在によってこそその歴史をもつのであって、そしてそれが存続するあいだ、歴史の支配を受けつづける……歴史の証人となっていることは、物質的に存続していることに依拠しているから、この存続という根拠が奪われている複製にあっては、歴史の証人となる能力もあやふやになる。たとえ、あやふやになるのがこの能力だけだとしても、でもこうして揺らぐものこそ、事物の権威、事物に伝えられている重みにほかならない……この権威、この伝えられた重みを、アウラという概念に総括して、複製技術時代の芸術作品において滅びてゆくものは作品のアウラである、ということができる」

「芸術作品が唯一無二のものであることは、それが伝統の関連のなかへ埋めこまれていることにほかならない」

「直接の現実の眺めは、技術の国の青い花となったのだ」



ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』

目次

凡例

1 テクストの誕生
 日本への紹介/ことの始まり/修正されたフランス語テクスト/古典の注釈

2 芸術の凋落
 変わりゆく芸術/二つの問題ーー技術と知覚/大衆の時代での芸術作品/芸術は盛りをすぎたーーヘーゲル/ベンヤミンデュシャン

3 複製技術というパラダイム
 史的唯物論ベンヤミン/著作のネットワーク/『生産者としての作家』/芸術作品の生産装置/ダダイズムの評価/創造と受容の結合/複製という技術的パラダイム/芸術が失ったもの/アウラの喪失

4 アウラの消える日
 アウラーー集団の幻想/『写真小史』/アジェの写真/知覚の役割/アウラなき世界/時代の顔ーーあらたな観相術/写真の政治的機能

5 知覚と歴史
 リーグルの「芸術意欲」と「知覚論」/ウィーンの美術史家たち/知覚の二つの極

6 芸術と政治
 アドルノとの食い違い/礼拝的価値と展示的価値/伝統と大衆/生きのびるための技術/「政治」を根拠とすら芸術

7 映画の知覚
 複製の違い/人間と機械装置の釣り合い/無意識の知覚/映画の精神療法的効果/映画の触覚的な質

8 ミメーシスと遊戯空間
 映画論による冒険/映画俳優の演技/観客の経験/あらたなミメーシス/展示的価値の政治学/映画の可能性と危険

9 触覚の人ベンヤミン
 くつろいだ鑑賞/歴史的な力の中心/建築の経験/触覚的受容/触覚による思考の組み替え/大衆を鳥瞰する技術/遊戯性と触覚性/未熟な社会を成熟させる芸術

ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」( 野村修 訳 )

ヴァルター・ベンヤミン略年譜

あとがき


ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 (岩波現代文庫)

ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 (岩波現代文庫)