マティスが好きな大学生の日常

ふつうの大学生のふつうの日常です。

増田久弥『関数解析』 抜き書きメモ

はじめに

関数解析は無限次元空間における作用素解析である。ヒルベルト積分方程式の研究に端を発し、20世紀初めにその重要性が認識されノイマンによる量子力学の基礎づけに応用されて急速に発展した学問である。」


第1章ノルム空間

「有限次元空間\mathbb{R}^nを無限次元空間に拡張したらどうなるか。\mathbb{R}^nには、さまざまな特徴があるが、線形空間であること、ノルム(ベクトルの長さ)、2点間の距離が定義されている。さらに、この距離に関して完備であることもよく知られている。この特徴のみに注目してこれらの特徴をもつ無限次元空間に拡張したのが、バナッハ空間である。この章では、バナッハ空間について解説しよう。この着想は、関数を1点の無限次元空間の点とみなしたヴォルテラに始まる。」


第2章ヒルベルト空間

「有限次元空間\mathbb{R}^nには、ノルムの他、内積が定義されている。内積の定義されているバナッハ空間をヒルベルト空間という。この章では、ヒルベルト空間について解説する。内積という概念が入ることにより、直交という概念が定義できて、幾何学的イメージが描きやすい。とくに、(可分な)ヒルベルト空間の場合、正規直交系があって、どんな元もこの正規直交系の一次結合で表されることが示される。\mathbb{R}^nの拡張として自然である。ヒルベルト(ノイマン)によって始められた。」


第3章線形作用素

\mathbb{R}^nには、一次変換すなわち行列が定義されている。\mathbb{R}^nから\mathbb{R}^mへの一次変換はn×m型の行列である。これをバナッハ空間に拡張したものが線形作用素である。この章では線形作用素について解説する。無限次元空間で考えると、さまざまなタイプの作用素が現れる。連続作用素(有界作用素)はその中でも扱いやすい作用素である。しかし、考えている空間全体で定義できないような作用素もある。それを扱うのに閉作用素という概念を導入する。無限次元空間と有限次元空間の差異がでてくるので注意してほしい。」


第4章一様有界性の原理と閉グラフ定理

「無限次元空間における解析で最も深いところのものは、ベールのカテゴリー定理およびそれから導かれる諸結果である。とくに、一様有界性定理、開写像定理、閉グラフ定理は、関数解析学における基本原理ともいえる。この章ではこれらを解説しよう。これらがいかに応用されるかは、次章で明らかになろう。」


第5章線形汎関数とハーン・バナッハの定理

「線形作用素のうちでも、とくに、値をスカラーにもつ作用素は特別な意味をもつ。これを線形汎関数という。これは、ある意味で座標の役割をはたす。ベクトルを完全正規直交系で展開したときの各係数を考えてみればよい。"座標の役割をはたす"ことを示すための基礎がハーン・バナッハの定理である。最も重要な定理の一つである。このような線形汎関数の全体を共役空間という。\mathbb{R}^nにおける行列には、共役行列が定められるが、この共役空間を用いて、それに類似な共役作用素が定義される。これらを本章では解説しよう。」


第6章レゾルベントとスペクトル

\mathbb{R}^nの中の行列には、固有値が定義され、行列の重要な性質を反映する。これと同様に、バナッハ空間の中の作用素Tにも固有値がさだめられ、重要な役割をはたす。しかし、無限次元空間の場合、固有値だけではすまされない場合がしばしばおこる。zI-Tが逆作用素をもたないzを考えると、(そのようなzの全体をスペクトルという)いわゆる固有値だけではすまない。有界な逆作用素をもつ場合、その逆作用素をレゾルベントという。T有界でない場合を考える際、とくに大切である。本章ではこれらを解説する。」


第7章コンパクト作用素

\mathbb{R}^nの中の線形作用素すなわち行列は固有値のみしかもたないが、それによく似た性質をもつ線形作用素にコンパクト作用素がある。任意の有界点列の像から、収束する部分列をとりだせるような線形作用素である。これに対して、行列と同様に、固有値の全体が正規直交系をなし、しかも完全であることが示される。応用として、常微分方程式楕円型偏微分方程式の境界値問題に対する固有値問題がある。」


関数解析 (数学シリーズ)

関数解析 (数学シリーズ)

栗原将人『ガウスの数論世界をゆく 正多角形の作図から相互法則・数論幾何へ』

 栗原将人さんの『ガウスの数論世界をゆく』を買う。帯が邪魔だけど、加藤和也さんの推薦文が載っているので、メモをして、捨てる。


「数学は歴史を振り返ることでその本質が味わえるように思えます。この本は、整数論を切り開いた大数学者ガウスが何を考えたかを、現代整数論の重要分野である岩澤理論の世界第一線の研究者である著者が、しっかりと受け取り、わかりやすくたどる力作です。専門家も一般の人も楽しめる良書です。」



 あわせて志村五郎さんの言葉もメモ。


ガウスがやったからそのまねをしようというのはよい発想法ではない。現代には現代の考え方がある。」

佐藤優『学生を戦地へ送るには 田辺元「悪魔の京大講義」を読む』

 2015年6月12日夜から14日昼にかけて箱根仙石原で2泊3日の合宿が行われた。

 講師は佐藤優。「悠久の大義のために死ねば、永遠に生きられる」と説いた、田辺元の『歴史的現実』を2日かけて音読する。

 本書にはその全記録が収められている。



 田辺元は昭和14年5月10日から6月14日の間に、京都大学で6回の講義をする。その講義をまとめた本『歴史的現実』はベストセラーとなる。この本で田辺は「一人ひとりの生命は有限だけど、悠久の大義のために死ねば、永遠に生きることができる」つまり「国のために死ね」と主張した。この本を読み、多くの学生が戦地に向かったという。



 佐藤優著『学生を戦地へ送るには 田辺元「悪魔の京大講義」を読む』を読んで、誰かを知的カリスマとして拝むのは気持ち悪いことだ思った。


学生を戦地へ送るには: 田辺元「悪魔の京大講義」を読む

学生を戦地へ送るには: 田辺元「悪魔の京大講義」を読む

草原克豪『新渡戸稲造はなぜ『武士道』を書いたのか 愛国心と国際心』

「日本のために弁じた英語による自己主張の著書はまだきちんと書かれていない。二十世紀の冒頭にはBushidoやBook of Teaとかが世に出たが、その同じ世紀の末には日本はもの言わぬ大国となっていた。そんな日本は言葉では語らず、made in Japanの自動車などによって自己表現する国となっていた。世間の錯覚と違って日本で国際派と目されている知識人の多くは日本国内向けの国際派にしか過ぎず、外国と知的応酬を展開する人は稀である」と『和魂洋才の系譜』などの著書がある平川祐弘は指摘する。

 そのようななか、新渡戸稲造こそは真の国際派であると思っている日本人は多い。私自身もそう思っていた。が、よく考えてみると、新渡戸稲造がした「外国との知的応酬」なるものは『武士道』を書いたことぐらいしか一般に知られていない。その『武士道』にしても病気の療養中に、短い期間で口述筆記されたものであり、生涯の仕事と呼べるものではない。若い頃に「我、太平洋の橋とならん」と志した新渡戸の本当の「外国との知的応酬」とはなにか。

 草原克豪さんの『新渡戸稲造はなぜ『武士道』を書いたのか』には新渡戸の真の国際人としての仕事が書かれている。そして、その動機には強烈な愛国心があったことも書き記されている。新渡戸を台湾総督府に招き入れた後藤新平は新渡戸のことをこう評した。「あの男は、ちょんまげに洋服を着せたような男だよ」。


ヴォルテール『寛容論』 光文社古典新訳文庫

 ヴォルテール『寛容論』に日本についてのこんな記述がある。


「日本人は、全人類のうちでもっとも寛容な国民であった。その帝国では、十二の穏和な宗教が定着していた。そこへイエズス会士が来て、十三番目の宗派を形成した。ところがこの宗派は自分たち以外の宗教を認めたがらない。その結果はみなさんご存じのとおり。わが国でカトリック同盟が起こした内乱に劣らぬほどの恐ろしい内乱が日本で起き、その国を荒廃させた。しかも、キリスト教は血の海で溺れ死んだ。日本人はかれらの帝国を外の世界にたいして封鎖した。われわれは日本人から凶暴な獣みたいに見られてしまうようになった。思えば、われわれはイギリス人によって獣あつかいされ、ブリテン島から追い出された連中と似たような目にあっている。財務大臣コルベールは、日本人がわが国にとって必要な存在であると感じていたのに、日本人はわれわれを少しも必要としていなかったため、あちらの帝国との通商関係をうちたてようという企ては失敗に終わった。コルベールは日本人の意思の固さを思い知らされた。」


『寛容論』が書かれたのは1763年。ヴォルテールはどうやって日本についての知識を得たんだろう。「十二の穏和な宗教」が何を指しているのかも気になる。


寛容論 (光文社古典新訳文庫)

寛容論 (光文社古典新訳文庫)

羽生善治『大局観 自分と闘って負けない心』

 本書序盤に「合理的な思考がきちんとできるようになると、感覚的にも研ぎ澄まされていくものなのか。それとも、ロジカルになればなるほどエモーションは鈍化するのか」というテーマが提示されている。これは私も数学の技術的な部分を勉強しているときに、度々気になっていたことだったので、羽生さんがどのような結論に至ったのかを知ることがその後の読書の推進力になった。


 読み終わっても羽生さんなりの答えが明確に書いてある部分はなかった。ただ、長い棋士人生の中でたくさん読み、研究し、実践を重ねていくことで、羽生さんでも素朴な疑問をもつことを忘れ、新しい時代についていけなくなったこともあるんだなと思った。これはつまり、将棋に対する敏感さを失ったということなんだと思う。


栗原康『村に火をつけ、白痴になれ  伊藤野枝伝』

 伊藤野枝。大正時代の無政府主義者ウーマンリブの元祖。28歳のとき憲兵隊に虐殺される。


『村に火をつけ、白痴になれ』。

 いくつか好きな話があった。


 ひとつめは、拘束された恋人の大杉栄を助けるために野枝は、内務大臣、後藤新平に手紙を書いた。

「あなたは一国の偽政者でも私よりは弱い。」



 それと、哲学者のバートランド・ラッセルの自伝に書いてある話。

「わたしたちがほんとうに好ましいとおもった日本人は、たった一人しかいなかった。それは伊藤野枝という女性であった。かの女はわかく、そして美しかった。ある有名なアナキストと同棲していた。」



村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝